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2017/01/19

time is Money Money Money

時は金なり。
考えた人は頭良いなあと思う。
お金と言うものは、物を買うものではなくて、
他人の人生を買うものだ。

そこに物がある。
例えばお茶を入れてきたカップがある。
そこにカップがあるということは、そのカップを買うか貰うかして自分の物にしたからだ。
そこに存在するということは、
それを作った人が存在するということだ。

そこにカップあれ、と呟いただけでそこにカップは出てこない。

それを作った人がいるということは、
それを作った人の人生があるということだ。
それを作る人の人生の何分の一かがそこで消費されている。

カップを作るには、まずどんなカップにするか、そのデザインが必要になる。
それをデザインしたデザイナーがいる筈だ。
そしてそのデザインを試作したり、あるいは温度や素材の特性なんかを考えたりもするのだろうし、
試作があるということは、それを形にするための原料がある筈だ。
原料もただではない。買わなければいけない。
その原料は日本国内では採れないかもしれない。
となると輸入しなければいけない。
輸入するには飛行機や船がある。
大量に持ってくるなら船だ。
船で持ってくると沢山持ってこれるけれど、時間が掛かる。
その船を運航させている人がいる。
その船を作った人がいる。
飛行機にしてもそうだ。
その飛行機を飛ばす人がいる。
その飛行機を作る人がいる、整備する人がいる。
スケジュールを組む人がいる。
荷物を運び込む人もいる。
そうして持ってくる量と、時間と掛かる経費を計算する必要がある。
そして持ってきた材料で、作る。
どのくらい作るのか。大体は大量生産だろう。
船でたくさん材料を持ってきたのなら、たくさん作って売らないと赤字になってしまう。
大量生産するには工場が必要になる。
その工場を運営している人と、その工場で働いている人と、その工場で動いている機械がある。
金型とかもあるかもしれない。
幾つかのパーツは特注でその工場に作ってもらう必要があるかもしれない。
それをまた作る人がいる。
そしてできたとして、できただけではそれは売れない。
売り場に持っていかなければいけない。
どこで売るのか、その売場を運営、管理している会社があって、その会社に売り込んだりする営業の人がいる気がする。
営業の人もただ物を持っていっても「いっすよ^^」とはならないだろう。
多分営業資料が必要だ。
パンフレットとかキャッチコピーとか、これは売れるぜ!ってアピールする為のものが必要だ。
それを一人で作るのか、あるいはそういう部署があってそこで誰かが作るのかもしれない。
売ってもらう事になっても、売り場を確保する必要がある。
ネットショップなら場所代はかからないかもしれないが、その分、登録するのにお金がかかったり、在庫を保管しておく場所などはやはり必要になる。
お店で売るならお店も土地を借りたり買ったり、売れるようにディスプレイしたり、包んだり、薦めたりする店員さんもそこにいる。
ネットショップでも写真を撮ったり加工して、アップして商品情報を入力する人がいて、さらにそれを詰める人がいて伝票や運送屋さんに手配する人がいて、運送屋さんも沢山の人がいる。
ぴんぽんと届けてくれる人だけではない。

めっちゃ道長い。
何だこの千里の道は。
しかもこの流れが問題なく行くかというとそうではなくて、事故があったり、災害があったり、戦争や経済状況や、どこかで誰かがやらかしたり、色んな事があって

ずっとずっと誰かにお金が払われている。
無料で出来る事はない。くるくるくるくる回り続けるのがお金だ。
その道程に関わった人たちに給料を払えるようにして付けられるのが値段だ。
仕事とは人生を消費したことにする対価をお金で払う事だ。

知らない誰かがやった仕事の結果を僕が気に入って、それを買う。

お金とは、その誰かがその物の為に消費してくれた対価として支払うものであると思う。
だから、時は金なり、と言うのだなと。

でも安いということは、誰かが無理をしている。
安いということは、どこかで安くなるように何かをしている筈だ。
あるいは最初から価値が無いように設定しているのかもしれない。
正しい計算をしないままに売っているのかもしれない。
趣味でやっているから良いや、ということもあるだろう。

金に汚いと思われたくないと思う人もいるかもしれないが、
金がなくて生きていける人がいるのかと逆に問うてみたい。

お金を払えば何をしていいという事はないけれど、
お金を払う気もないのに、何かをして欲しいと思う人とは関わりたくない。

お金の話しかしない人も嫌だけれど、
お金の話ができない人も嫌だ。

僕の人生を消費して稼いだお金を払うということは、
ものすごい「ありがとう」と言う事だ。
お金を払っているから偉いとも思わないけれども。
沢山払ったから偉いというのとも違うと思うけれど。

お金とは時間を買うものだ。
物を買うものではない。
誰かの人生を買えるのはお金だけだ。

お金を払いたくないという人は
きっと自分が同じようにどこかで消費されていることに気づいていない。
自分の人生という有限で唯一無二の貴重な資源が、誰かに無為に消費されているということを想像できていないのだろうなあと思う。

世界は誰かの仕事でできている
缶コーヒーのキャッチコピーだったと思うけれど、その通りだと思う。

僕が愛して止まない物々は
数え切れないくらいの人の人生が少しずつ消費されている筈だ。
そこにお金を払う事に何にも問題はない。
良い物を手に入れたい。多少高くとも別にいい。
安物買いの銭失いが一番嫌いだが、高くても駄目な事はある。でもそれは仕方ない。
やっちまったというだけの事だ。
不良だったら問い合わせる。

お金の話をしよう。
経済の話をしよう。
誰かが対価なく消費されないように。
良いなと思うものがどんどん増えてくれるように。
くだらなくてもいい。
意味なんて無くてもいい。
素晴らしいと自分が思う物を手に入れる為に、お金を払うのだ。

つまるところ全ては価値観の違いでしかないけれども、
好きなアーティストを札で殴りたい。
むしろ好きなアーティストの口座番号を知りたい。

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